橿原神宮 | 畝傍山の麓に広がる初代神武天皇をまつる神社

橿原神宮の第一鳥居 橿原市

橿原神宮について

橿原神宮の第一鳥居

橿原市の久米町にある橿原神宮(かしはらじんぐう)は、大和三山のひとつ畝傍山(うねびやま)の東南のふもとに広がる、とても大きな神社です。近鉄の橿原神宮前駅から表参道へ入ると、まず木のぬくもりを感じる大きな第一鳥居が迎えてくれます。見上げるほどの高さで、ここから先が神さまの杜なのだと背筋が伸びる思いがしました。

橿原神宮の鳥居の笠木

鳥居の笠木(かさぎ)はゆるやかに反り、長い年月を経た木肌がどっしりと落ち着いています。玉砂利を敷いた参道の両側には、石の灯籠や木の灯籠がずらりと並び、森の奥へと続いていました。この記事の写真は、紅葉の美しい二〇一五年の秋と、お正月の準備が進む二〇二三年の年末、二回の訪問で撮ったものです。

橿原神宮の大きな石灯籠

御祭神と創建

「橿原神宮」の社号標

公式サイトによると、橿原神宮の御祭神は第一代天皇の神武天皇(じんむてんのう)と、その皇后である媛蹈韛五十鈴媛皇后(ひめたたらいすずひめこうごう)です。神武天皇は九州の日向国高千穂から東へと向かい、大和国の畝傍山の東南にある橿原宮で、はじめての天皇として即位されたと伝えられています。この橿原宮の跡地に神宮が建てられました。

橿原神宮 神門の木の扉

創建は明治二十三年(一八九〇年)四月二日で、官幣大社としてお祀りが始まりました。公式サイトには、明治天皇が京都御所のなかにあった内侍所(賢所・かしこどころ)を御本殿として、また神嘉殿を拝殿としてお下げくださった、と記されています。この本殿は国の重要文化財に指定されているそうです。

橿原神宮に行った感想

橿原神宮の外拝殿と畝傍山

南神門をくぐると、目の前に白い玉砂利を敷きつめた広い外院斎庭(がいいんゆにわ)が開け、その先に大きな外拝殿が建っていました。背後には御祭神ゆかりの畝傍山が静かにそびえ、建物と山とがひとつの景色になっているのが、ほかの神社ではなかなか味わえない雄大さです。

橿原神宮 外拝殿の吊り灯籠

外拝殿の軒には金具の付いた吊り灯籠が下がり、近くで見ると細工のていねいさに見入ってしまいます。広々とした斎庭に立つと、人の少ない時間はとても静かで、玉砂利を踏む音だけが響いていました。

橿原神宮の紅葉と社殿

秋に訪ねたときは、檜皮(ひわだ)や銅板の屋根のそばで紅葉が色づき、朱塗りの灯籠と重なってとてもあでやかでした。

参道から望む橿原神宮の南神門と紅葉

参道から南神門をふり返ると、色づいた楓の向こうに神門の屋根が見えて、奈良の秋らしい落ち着いた眺めが広がっていました。

深田池と畝傍山のふもと

橿原神宮の深田池

境内の南側には、深田池(ふかだいけ)という大きな池があります。水面にはたくさんの鴨が浮かび、まわりを木々が囲んで、都会の神社とは思えないほどのどかな場所でした。畝傍山のふもとをぐるりとめぐる木立のなかにあって、お参りのあとにひと息つくのにちょうどよい水辺です。

年末の再訪とお正月の準備

年末の参道に並ぶ初詣の露店

二〇二三年の年の瀬にもう一度訪ねると、初詣にそなえて参道にずらりと露店が組まれ、お正月を待つ賑やかな空気になっていました。まだ開店前の静かな時間でしたが、新年の支度が進んでいるのが伝わってきます。

橿原神宮 外拝殿の開運大絵馬

 

外拝殿の壁には、「開運」と大きく書かれた干支の大絵馬がかけられていました。この年は翌年の辰年にちなんだ龍の絵で、青い鱗がきらきらと描かれた迫力のある一枚です。橿原神宮の大絵馬はお正月の名物で、毎年その年の干支が描かれるそうです。同じ外拝殿でも、紅葉に包まれた秋と、初詣を待つ冬とでは、ずいぶん印象が変わるのだと感じました。

橿原神宮の基本情報

観光地名橿原神宮(かしはらじんぐう)
住所奈良県橿原市久米町934
アクセス(電車)近鉄「橿原神宮前」駅 中央出口から徒歩約10分
アクセス(車)南阪奈道路 葛城ICなどから国道165号・169号経由
駐車場あり(有料)
拝観料境内参拝自由(無料)
開門時間季節により変動(日の出〜日没が目安/公式サイトで要確認)

※この記事の写真は2015年11月と2023年12月に撮影したものです。現在の様子とは異なる場合があります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました