奥ノ芝1号墳 | 榛原石をレンガのように積んだ磚積石室

ひのき坂古墳公園の芝生にある奥ノ芝1号墳の墳丘 宇陀市

ひのき坂古墳公園の芝生にある奥ノ芝1号墳の墳丘

宇陀市榛原の住宅街の中にある「ひのき坂古墳公園」。芝生の広場のまんなかに、こんもりとした小さな墳丘があります。これが奈良県指定史跡の奥ノ芝1号墳(おくのしばいちごうふん)です。

見た目はかわいらしい丘ですが、中には「磚積石室(せんづみせきしつ)」という、全国でも限られた場所にしかない珍しい石室が眠っています。2024年10月、考古学サークルならの例会で訪れたときに、石室の中まで見せていただきました。

奥ノ芝1号墳について

奥ノ芝1号墳は、6世紀から7世紀にかけて築かれた4基からなる奥ノ芝古墳群のうちの1基です。昭和46年(1971年)に発掘調査が行われ、南に開口する横穴式石室をもつ古墳だと分かりました。墳丘は円墳と推定されています。

ただ、今の公園にある古墳は、じつは元の場所のものではありません。奥ノ芝1号墳は昭和60年(1985年)に宅地造成工事の際に故意に破壊されて消滅してしまい、発掘調査の記録をもとに、公園の中に磚積石室が復元されました。住宅街の公園に古墳がある理由はここにあります。

一枚岩を天井にのせた奥ノ芝1号墳の石室入口と鉄柵

磚積石室とは

磚積石室は、板のように薄く割れる流紋岩質凝結凝灰岩(通称「榛原石」)などを、レンガのように積み上げてつくった横穴式石室です。宇陀市から桜井市、明日香村を中心とする限られた地域にしか築かれていない、珍しい形式です。

奥ノ芝1号墳の石室の規模は、全長6.3m、玄室の長さ2.56m・幅1.2m・高さ1.45m、羨道の長さ3.75m・幅1.05mです。石室は古くから盗掘されていましたが、須恵器や土師器が出土していて、その土器から7世紀中頃に築かれたと考えられています。

こうした特殊な石室の古墳は終末期古墳に位置づけられ、葬られた人は官人や渡来系の氏族などと推定されています。当時の宇陀と中央の政権との関係を知るうえで、大切な古墳です。

榛原石をレンガのように積んだ奥ノ芝1号墳の磚積の壁

奥ノ芝1号墳に行った感想

入口は、大きな一枚岩を天井にのせた小さな開口部で、鉄の柵がついています。身をかがめて中に入ると、薄い榛原石が何段も何段も積み重なった壁が奥まで続いていました。

板状の石が積まれた奥ノ芝1号墳の玄室の奥壁

いちばん奥の玄室は、壁も奥の面も板状の石がきっちりと積まれていて、まさにレンガ造りの部屋のようです。床には小石が敷かれていました。

奥ノ芝1号墳の玄室の天井石

見上げると、天井には大きな一枚石がのっています。壁が薄い石を積んだ繊細なつくりなのに対して、天井は大きな石でどんと押さえている。その組み合わせがおもしろいところです。

玄室から見た奥ノ芝1号墳の羨道と入口の光

玄室から入口のほうをふり返ると、細長い羨道の先に外の光が見えます。復元とはいえ、磚積石室の中に立てる場所はそう多くないので、貴重な体験になりました。

公園は住宅街の中にあって、芝生の広場や健康遊具もある、ふつうの近所の公園です。そのまんなかに7世紀の石室があるという風景は、ちょっと不思議でおもしろいですね。

奥ノ芝1号墳の見学について

宇陀市の文化財課の案内によると、外観はいつでも見学でき、許可はいりません。石室の中に入るには入口の鍵が必要で、見学したい場合は事前に宇陀市教育委員会事務局 文化財課(0745-82-3976)へ問い合わせるように、とされています。

この日の例会では、ほかにも榛原の磚積石室をいくつも巡りました。その日の様子は「考古学サークルなら2024年10月〜榛原の磚積石室を巡る〜」にまとめています。

奥ノ芝1号墳の基本情報

観光地名奥ノ芝1号墳(ひのき坂古墳公園)
住所奈良県宇陀市榛原ひのき坂1丁目31(ひのき坂古墳公園)
指定奈良県指定史跡
アクセス(電車)近鉄大阪線「榛原駅」が最寄り(私たちは駅からバスで宇陀市総合体育館の前まで行き、そこから歩きました)
駐車場公園の駐車場の案内は見つけられませんでした
見学料無料(公園)
見学外観はいつでも見学可。石室内は鍵が必要なため、事前に宇陀市文化財課(0745-82-3976)へ問い合わせ

※古墳の内容は奈良県歴史文化資源データベース「いかす・なら」と宇陀市公式ホームページの情報をもとにしています。

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